相応にね

ワールドカップってのがあったみたいですが、日本がどーのとか言う前に
マスコミがいかんですな、あれは。なんせほめ過ぎてた。結果結論に
至る前までのマスコミの騒ぎ方はいかにも浮かれてて、見ても聞いても
ただ不愉快になり、私はかなりマスコミを離れる期間となりました。
正確な事前情報ならまだ正視できたんだけどなー。なんであんなに日本チームを
ほめてたんだろう。なんであんなに過分に盛り上げるんだろう。
不必要に騒いだので私はすっかりしらけてしまっていました。

一言で言いますと「分・相応」な試合になったじゃないですか。
勝つチームは「少し上手」では駄目で、日本はむしろこれに当たる。
勝つチームは「抜群に上手」であればいいのだ。ちょっとやそっとの
不調や不運に負けるようでは、「上手い」には至ってないのである。
それでいいと思う。とてもとても上手なチームが勝てばいいし、みんな
納得するもんね。でしょ?

事実、勝ち抜いたチーム達の「冴え」は見るに値するものだったし、
チームも技も「さすがー」と素人目にも唸るものがありました。
「こーゆーのだけみたかったんだ」と思える時に、さぁさて、日本が
あらかじめ「こーゆー凄み」がったっけか?と思い返すわけです。
なかったな、と。

昨今「ブレイブストーリー」「ウルトラヴァイオレット」「カーズ」など、私に
しては珍しく映画を立続けに見てまして、んー、まー、どれも佳作で、
んーまー、思ったとおりの作品でした。はい。上手ですね。すごくはないですけど。

その上映時間などに時間調整にマンガ喫茶などに入ったわけです。私はマンガ喫茶か
床屋でないと「マガジン」も「サンデー」も読んでいないので、我ながら時々
「ホントにマンガ好きかよ?」とか思います。

月刊誌すら、定期購読もなんもしたことがほとんどない。
ふお、なんか無趣味だ。あ、いや、スカパの本は買ってるか(マンガじゃねええ!)

マンガを書く、ということとマンガが好き、というのは全然ベクトルの違うものだと
私は思っていますので、アニメファンが「声優さんになりたい」というのはあまり
理解できない方です。

アニメでも映画でも芝居でも音楽でも「作り手」というのは基本的に「料理人」と
似通ってて「他人を楽しませたい」と思う人の思いあまった力が作用しているんだと
信じます。
自分が好き、というスタートラインは出だしとしてはいいものですし、その延長で
「いつかはプロに」ってもの美しいですけど、「自分が好き」が先にたってると、
作品は自分のものさしで作り上げられていきますよね。

他人を喜ばせたり、驚かせたりするのが愉しみな人というのは、あんまり自分がそれほど
好みが正しい、とあんまり思ってないかもな、と思うことすらあります。

「ブレイブストーリー」を見ていて、私の持ってるファンタジー観の限界に出くわしました。
ファンタジー、という際限のない世界観を描ける時に、ほとんど現実の世界との差のない
手合いのもの、つまり「喋る動物系の人間」とか「火を吹く龍」くらいをちょいちょい、で
人生を悟ってゆく作品、くらいのもののどこに、「とびきり」のものを見つけたらいいのか
迷いながら終わってしまいました。

私はどこか、作品と言うものに、「とびきり」なものを期待してしまうのです。
こっちの正しさや優しさなんてものを蹂躙してくるような津波のようなインパクトを
待っているんです。

サッカーのワールドカップも然り。
トビキリ・ダントツで・抜群だから
勝つチームが勝って
「それでいい!!!」

鼻息を荒だてたいのです。いいもの、すごいものに出くわしたいのです。
まさか、そんな!というものに、まるで事故のようにフイに直面したいのです。
そういう、質に鋭角のある作品は、人ってものを変質させる力があるのです。

ですので、ダントツ・とびきり・抜群なものが相応に評価できるような情報がたくさん
欲しいです。はい。

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