弟が言った。「だって、さみしくない?」
冗談めかした表現だが、今の年までそんなこと話したことなかったから
そして正直な言葉にも表には出さなかったものの、少々狼狽した。
人は希望とか目標とかを公にして、高らかに叫んでまい進してる風景を
どこか望もう、望もうとしてる。
多くのことは、そうした美しい目標よりも、自堕落に待ち、向こうからやってきた
事態にみすみす翻弄され、「仕方ないよね」と言って事態そのものを受け止めるしか
ないような風采を装って、まるで我慢してるかのような顔つきで、事態を引き受けさせる。
これは自作自演だと私は思う。
人が人に希望を持て、目標を持てとできるだけ強要するのは、それを理由に
頑張ってみたりするのが実に難しいからではないだろうか。
場当たり的にやってきた事態に、「もう収集がつかないから、さて、まぁ、引受けてよ」
っていう流れに、実に大半の人が身を委ねているからこそ、出てくる言葉なんじゃ
ないだろうか。
うっかりすると、人はすぐに「さみしさ」を心に滑り込ませる。
それは悲観主義とかペシミストじゃなくても、人間生理のものであり、弱ってるところに
流れ込んでくる「さみしさ」という感情の強さは、自分ではさほど抗う努力もできないまま、
けっこうまんまと負けてしまっている。
まだそれが自分で自覚して、「さみしさ」からとりかえしのつかない決心に至るのなら
それでも良識を感じる。
やっかいなのは、その「さみしさ」に負けてることをあんまり自覚したくないまま生きてる
ものだから、「自分ではそういうつもりじゃなかったんだ」って真顔で言い、考えたがってる
人もまた普通に大勢なのだ。
少し考えてみて欲しい。
いや、少し「思い出して」みて欲しい。
あなたがしてきた行動や決意のうち、けっこう人生で重大な局面を、「さみしさ」が
作用してはいなかったろうか。
さみしさ、というものを否定してるんじゃない。
なくならないものだし、人の思考の上で、最善を尽くして出た結論の上で「さみしい」と
したのだから、それはまんざら「感情のおもむくまま」ってものではない。
人によって「さみしい」の度合いが違うのは、その人本人の「解釈」もいくらか
含まれているものだからだと思う。
「さみしかったから」
我慢できないものだってある。今はそれも分かる。
さみしさを埋めるように、人はいろんなものをあてがってしまう。
それは、そのさみしさに発端があったにしても、見合わないくらいに大きなあてがいを
してしまうのを、わたしは何度も見た。きっとみんなも何度も見て、味わって、身にしみて
生きてるんだとおもう。
さみしいことを、断らない。
自分が感じた「さみしさ」には「さみしがる」だけの訳を内包してる。
身勝手に、ただ漫然とさみしいなんてものなんじゃない。だから必死になる。
だから慌てて、焦って、弱って、「さみしさ」に向かう方法を一生懸命考える。
人は、本当にさみしさ、ってヤツから、随分いろんなことをしてしまってる。
放っておいたら、自分をどこに運んでしまうのかわかりゃしないこの感情について
きちんと教えてくれる時間もなかったはずだ。みんながみんな独学で、このやっかいな
感情を「野放し」からせめて「我慢できる」おおきさで飼いならす方法を覚えていく。
まるで魔がさしたように、さみしさに知らんぷりを決め込めるように、別の言葉と
別の感情で、その自分の中に大きく芽生える「さみしさ」を、紛らわせる。
本当に大きな力を生む、根っこの感情なのだ。
さみしさから人を殺したりする場合もあるし、自殺する人もいる。
下手な麻薬なんかより数段威力がある上、人類の誰もが絶対に持ってる。
子供も大人も御年配もヤンキーも先生も科学者も農家も、誰も逃げられない。
だから、真正面から向き合えれば、まだいい方。
だいたい、目を背けてしまう。
自分には「さみしさ」から目を背けたことが分かっているから、誰に言われるでもなく
しょんぼりした、ってことを包み持つ。
持ってないことにはできない。
自分の性格や、今後の動機につながっていく感情。
さみしさ、からはじまったことが、自分の行動に反映されてくる。
いいもわるいもない。
放っておくと、「こんなはずじゃなかった」って言う人もいるだろう。
そうじゃないよ。
なにを「さみしい」とするかは、やっぱり、自分で決めたんだよ。
そのさみしさを使って、次回に生きるんだ。だから「さみしかった」ことも
ひっくるめて、君なんだ。
それはいいとか悪いじゃなくって、そういうところまで、結果をもらっていくんだ。
そういう覚悟さえあればいい。真顔で「あのときはどうかしてた」なんて、なし。
弟が言った「だってさみしくない?」
いわなかった気がするけど、実は即答できた。
あんまり、さみしさから、動けないんだよ、お前の兄は。
でも大事な気持ちだ。大切な気持ちだ。忘れないし、なかったことにもしない。
でもそれを理由に、なにかするっていうのは、随分前にやめたんです。
私はね。そんだけのこと。
それだけに、私の弱さもそこに見つける。