作成日: 10/03/08
修正日: 10/03/08
記録に拘泥させた世紀
進んで「捕われた」時代
コンビニだの24時間だのと、便利だとか正しいだとか、部分で観ていると、
さも楽しげで素敵そうに見えるもので周りを固めて来た20世紀終盤の余韻を
そのまま21世紀に持ってきてみたら、あんまり上手にまっすぐ走れないで
ノタノタしてる感じを受ける昨今。
ふとビデオだのDVDレコーダーだのと、その場、そのときにしか味わえなかった
ものを、いつの間にか「時間をずらしてでも観たり聞いたりしたい」という
欲求に答えるマシーンが誕生して、まるでなんだか「いい時代」になったような
気がしてたのも昨今。
その実、音も光もエピソードも、それそのときに、そこにいたから味わえた
ものなのであって、それ以外のときに味わえないからこそ、再現性が
得られないからこそ、記憶に焼き付けて、心が反芻(はんすう)できるものだったはず
だったものが、写真とかipodとかビデオとかいろんなもので「記録」できるように
なっていた。そのため、「心を研ぎすまして、ことに向かう」姿勢そのものが
最初から緩んだ生き方を、どことはなしに強要されて生きながらえるように生きてる
人の数が増えてるような気がしてならない。
たしかに写真や電話、Eメールの存在が心を慰め、勇気を出すきっかけを作ってくれた
とは思う。遠くの親族や友人とも時間差、距離を気にせずにやりとりできる仕組みは
すばらしい。マスメディアなしに、ネットでブログ、HPの公開をできるのは
ものすごい威力を秘めたやり口だとも思う。
それと一緒に増えたものがある。
「渇く」ことの回数である。
Eメールなんか顕著だと思うんだけど、メールを送ると返信を待ってたりすることで
いらいらしたり、妄想したりしてしまう頻度を増やしてしまっている。
返事なんかなくたっていいはずなんだけど、そう考えることがどんどん難しくなっていく
方向に向かっていて、漠とした面倒臭さに苛まれてる人って多い。
執心することばかり繰り返し求められ、あれに気をつけて、これを気にかけてて、
どれも忘れないで、なにもかもは大事で、と人一人の持つキャパシティをとっくに
越えた過剰な「正しいもの」にもう十分がんじがらめで破綻し始めているのが
現代なんじゃないだろうか。そのリタイアの先駆けが「引きこもり」では
ないだろうか。
もっとブカブカで、もっとゆるゆるで、逃げ口がいっぱいで、出入り自由な楽園のような
未来像はすでに絶え、いっそなんにも考えないことでしか、自分を救えないくらいに
しか選択肢を与えられない最中に「過去の記録」ばかりは鮮明に残され、
記憶で美化することも難しいほどの生生しさで、くっきりと体験し直す時代。
それはすでに「思い出す」ではなく、「繰り返し」の連続。
焼き直し、やり直しの連続の最中にあって、人ははつらつと振る舞えるものなんだろうか。
過去は思い出す程度にリフレインできるくらいがちょうどいいんじゃないだろうか。
どれもこれもが正しく、正確で、生々しい証拠の羅列とあっては、人生は決して
豊かなものにはならない。
たしかに20世紀になるまでは、一昔のことを記録する術を人々は持たなかったから
写真もカセットテープもビデオも劇的な形で「振り返る」ことを万人に許してくれた。
でもそれは美化することも、都合良く記憶操作する豊かさも奪って、ただ「正しく」
なってしまい、むしろそれに心を囚われすぎて、今度は未来に向かえない、などという
拘泥を生んでいるのではないだろうか。
つまり「忘れる」ことのできる人間が、「忘れない」こともできるようになってしまい、
かえってなんだか都合の悪い生き方を手に入れた、のではないか。
いっそなかったことに、ということが昔よりも難しくなってしまっているのではないだろうか。
水に流したい、ことが生生しく、瑞々しく延々と記憶され、忘れにくく強化され続け
引くに引けない生き方を後押しされている気分になってはいないだろうか。
人が年老いて「都合良く忘れたふりをする」という小芝居を楽しめるゆとりのようなものが
ただ漫然と奪われている時代に生きてしまってはいないだろうか。
人が生きるのは「便利」とか「正しさ」からじゃない。
生きてるのに便利とか正しさが「要るとき」だけ、あればいいのであって、決して
その逆の順ではないのだ。
でも実際はその逆転現象なようなものに、大いに人々は振り回されてしまっている。
誤解を恐れずに大雑把なことを言わせてもらうのなら、記録なんていっそなけりゃ
もっと生き生きと目の前のことだけに集中して生きていけるんじゃないだろうか。
数年前、数十年前のことをしっかりと記録付きで正確に見返し、聞き返すことは
決して人の感性を豊かな方向に持っていけるとは思えない。
私たちはどんどん「今、生きてる」ことが下手になっていってる世代なんじゃないだろうか。
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