今夜、東京へ旅立つのである。仕事ではない。遊びともいえない。
強いて言うなら「お手伝い」である。そのくせ「外せない」「逃げられない」
そんな東京行き、と聞いて皆さんはなにが想像できるでしょうか。
話の起こりはかれこれ2ケ月前にさかのぼる。
「どうせ受かんねえんだから、出すだけ出したら?」
秘密基地・サドルー(秘密だよ)にてノンキに飯など食べたりしながら、
いっぺい、ながや、よもぎはなにか小さな紙片に記入していた。
これは世に言う「コミケ」ってやつの参加申し込みらしい。
コミケってのはアマチュア漫画描きの人たちが自腹で自分の漫画を印刷して
売りあっこする会場のことだ。とはいえ、ここにいうコミケってのは
東京の「ビッグサイト」ってとこでやるでかああああい会場のものらしく、
日本中から「アタシ、マンガ描いてるんですう!」とのたまうアマチュア
漫画家たちが、津波と化して、年末の暮れ、いっそがしい時に、
好んで東京に突進してきて、ただでさえモンモンとしてるところに、
「僕らもマンガ、だぁい好き!」な男の子、女の子が、日本中から
この日にしか買えないマンガ求めて、津波と化して、年末の暮れ、
いっそがしい時に、好んで東京に突進してきて買う、という
それはもう尋常でないイベントなのである。
ここである単語を紹介しよう。
サークル参加:売る側として、コミケに出ること。
同人誌:自分でお金を出して印刷したマンガの本。
そんなイベントなので、日本中の人が参加申し込みするそうなのだ。
だから、たいていの人はサークル参加を申し込んでも、蹴られて、
まぁまず参加できない。それほどに巨大で、むやみで、元気なイベント
なのである。
そんなイベントと知ってるよもぎ氏といっぺいは「どうせ、ね」と
いいながら、各1こまづつ、サークル申し込みしたのであった。
「もし受かっちゃっても、誰か行ってくれるよ」
たしかにそのとき、そう言っていた。誰か、誰か・・・・
「コミケうかっちゃったー!」といっぺいの姉・よもぎ氏はシャウト
していた。いっぺいはことの重大さに気付いて急ぎ掲示板にその旨書いた。
「コミケ受かりました。相談したし。」
よもぎ氏のコマもいっぺいのコマも受かったので、参加することになった。
しかし、申し込みはしたが、当のよもぎ氏はまっとうな社会人で、
コミケ開催日は仕事中で、参加できないらしい。
いっぺいはうろたえつつも、どうやら参加の意向であった。
いっぺいは言った。「ほか、誰が行ってくれるかねえ?ぬまたとか、
どうかなあ・・・ふたりじゃ絶対人手足らないよねえ」「???」
私はもう人数に組まれていた。「え?俺、行くの?」
「当り前じゃん。」
「もし受かっちゃっても、誰か行ってくれるよ」
なんのことはない。「誰か」ってのには、十分「当たり前」に算段
されていたらしい。クワァァ!
その後、毎回毎年コミケってのに参加している後輩ぬまたをスタッフに確保
した。このぬまたってのはこの夏にもコミケってのに、友人三人と参加
していて、たんまり本を買い込んできた。慣れっこである。
慣れっこではあるが、この夏には事故に遭遇している。コミケの帰りに
である。この夏は帰り道の車が、高速道路で突然操作不能に陥り、
50メーターほどさかさに転がって、大事故になり、買ってきた
同人誌ってのが道路一面に散乱していたらしい。ぬまたは
後続事故の算段してるのに、友人は散らばった本の回収に躍起だったそうである。
だからぬまたは運転には懲りている。コミケにいくのはもうやめようかと
いっていた。そんなおりに先輩たちがはじめてコミケに行くと聞き、
「手伝っちゃおうかなあ♪」と
気さくに参加してくれた。
ぬまたのトラウマのこともあるし、東京まで行くのも大変だからと、
電車で行くことにした。しかしなんせ年末である。席がとれないと
イケナイので予約しようということになった。
だからコミケ会場の「駐車場申し込み」の期限も無視した。
電車ならラクラクさ!きっと楽しくいけるさ!
予約は一ヶ月前から、というので、いっぺい、ぬまた共々、ちょうど一ヶ月
前の日に、JRの駅窓口に行った。さんざん待たされた挙げ句に「もう
いっぱいです」の連呼。どうやら一ヶ月と一日前に、予約がはじめられて
いたらしく、僕らは2案、3案目の高速バスの予約状況を聞いたが、
ことごとく「いっぱいだねえ」「ああ、ダメだねえ」とムゲなお返事だった。
想像するに、この季節「帰省客」と「コミケ客」で予約は埋まる。
コミケ客はこうした算段にひどく気がまわる。早め早めに
足の確保を行う。コネも知識もふんだんに活用して、電車、バスの
算段を終えていたのだ。そしてその電車、バスの中ででも、東京に
向いながら、製本するそうなのである。
同人誌、には大きく2種類ある。「オフセット」と「コピー本」である。
前者は印刷屋に頼んで作ってもらうもので、100册で2、3万円ほど
になる。後者はコンビニなどでコピーを使って生産する。自分でホッチキス
でとじる。小部数の本だったり、少ない予算で作るには適当な方法だ。
上に言う電車、バスでの製本とは、コピーしてきた紙を、会場に
向いがてら、本にする、ということである。
コミケはアマチュアの漫画好きが参加するものだから、基本的には普段は
きちんとした社会人がやっている。普段の生活なんぞしてるから、
いざこうしたイベントになると、余った自分の時間をいっぱい使ったところで
本は完成しなかったりする。おっかけこうして電車、バスに乗りながらも
本を製作中だったりしますよ、とぬまたが教えてくれた。
「こうなったら車しかないね!」と青い顔のまま、いっぺいが叫んだ。
「え〜〜〜〜っ!誰が運転すんの?」と俺。周りは静かだった。
ぬまたは前述のことから、運転にはトラウマあるし、いっぺいは最近凄みの
かかったグレートペーパードライバーだから、自然おはちが私にまわって
きた。
ちなみに、私は同人誌ってのを買わない。本当に好きな作家でもいるなら、
コミケってのもどんどん行けるのでしょうが、なんせ知らない。
だからコミケに行く理由がない。理由がないのになぜか行く。これ如何に?
あああ、まるで禅問答ね。なんだろ、なんでえ?といいつつ、ついに
12月29日を迎える。
夜2時、基地発進。コンビニで食料買い込み、高速に乗る。運転は普段
ドライバーのてっちゃんにまかし、車内では「いかにimacは素敵か!」
と激論を闘わせつつ、盛り上がった。道路はすいていた。
道々、追い抜いてゆく運送屋トラックをみては「あのなかには同人誌が
つまっているに違いない!」「まだ印刷・製本したてで、湯気がたっているに
違いない!」とかんぐり、長距離バスをみては「あの中でホッチキスの
音がバシバシしてるに違いない!」「運転手が『ドキンちゃん』のコスプレ
してた!俺、見たモン。」といらぬ想像をふくらませていた。
心配していたのは会場に着いてからの駐車場問題。行くには行くが、
置くところがないってことが充分ありうる。
予定ではぬまたに任せて、遠くまで置きに行く手はずだったが、やはり不安。
道も混んでないか不安。
途中サービスエリアでバーガーなんぞほおばり、首都高速にのるとやや渋滞
したが、レインボーブリッジにのっかって、7時半には余裕でビッグサイトに
つく。
が、おるわおるわ、黒だかリのダンボール、ショルダーバッグ、厚ぼったい
コートを着た連中がムラムラと列をなして、歩道に、階段に、高架に、車に、
人間が通れるところすべてに立ったり座ったり、歩いてたりして、なんだか
もう気持ち悪いくらいだった。「うわぁ!アリみたいだなあ。」
といいつつ、僕らもそのアリの列に今、加わってしまった。
駐車場は驚くほどスンナリ確保できた。みんなの顔にようやく安堵の笑みが
出た。コミケそのものより、「コミケに行くまで」そのことこそが、すでに
これほどに大イベントだったのだ。そして相応にすでに疲れていた。
目の前には「ゆりかもめ」なるモノレールみたいなものの駅があった。
買い込んでいたパンほおばりながら、8時会場入りした。
「先輩は人込みに酔うかもしれません!」「会場は吹きっさらしの海風で
ゴウゴウですから寒いんです!」
ぬまたもいっぺいも、行くまでさんざん私をビビらせていた。が、実際の
会場は暖かい日に照らされ、人混みも大阪の地下街ほどには殺気だって
おらず、悠々と通れた。
さっそくサークル席につき、いっぺいが本を並べた。私は売り子ではあるが、
本の内容も、キャラクターも分からず、そうした本販売のレイアウトも
人の好きずきがあるから、すっかり任せてイスに座っていた。
と、いいつつ、すでに眠くなっていたのである。
そうこうしてるマに、スタッフと思える人がやってきて「見本誌お願い
しまーす」というので、新刊と言われる本を渡す。
「じゃ、先輩。チラシはここ、絵が売れたらバッグから補充してっ、」
そういっていっぺいは自分のサークル席のスタンバイに向かった。
私は目こそ開けていたが、心はすっかり「寝ていた」。そして10時、
コミケははじまった。
はじまってしまうと案外退屈なもので、売り子といいつつ
「いらっしゃいませ」を言うでなしに、黙って座っていた。ひたすら眠い。
時々目の前で本を読んではクスリッ!と微笑んでくれた人が「これください」
と買ってゆく。ときどきとなりのコマのおしゃべり客が自分の話に
夢中になって、こっちのブースのところでウロウロしてやがったけど、
まぁノンビリ会場をみわたしていた。
隣のサークルの女の子はミョーにコミケづれしてて、「〜〜だぜ!」とか
「ハッキリいうけど、キミ、変だよ!」などと、ミョーにかしこまりつつ、
男言葉を盛り込んでたりして、それが聞こえよとばかりにやけに大声なので、
イライラしてきた。そんなのが30分も飽きずに延々続くのに、いざ
友人が去るとシンとうつむいて、一言も発しない。ミョーな具合だ。
(その方が静かでいいんだけどね)
途中、ぬまたやてっちゃんがきたので、お話したり、トイレいったりしたが
まあおおむね座って3時を迎えた。
4時終了予定のイベントだけど、道も混むし、帰省ラッシュもあるからと、
早めの区切りをつけ、撤収した。
ぬまたの友だち小林君ってのがコスプレの女の子の写真撮りに来てたらしく、
その子を乗せて帰ることになる。澁谷の方までそのこを送っていく途中、
市ヶ谷の知ってる道を通ったので、こないだコンテストに落とした見覚えの
あるK書店に思いっきり悪態ついて通り抜けた。
7時、ようやく東名高速道路に乗る。パーキング、サービスエリアでお土産、
御飯を買い込みながら、岡崎に帰る。4、5度途中休憩したには早く、1時
には岡崎ICを抜けた。僕らは五体満足にコミケを終えた。
岡崎や名古屋にもコミケってのはある。そこに来る人と、少しも変わらない
人たちでいっぱいだった。バカ売れするでもなく、キワだつひとがいるで
なく、素直に「東京で」やってるだけの、むやみにでかいコミケなのである。
デカい分だけとにかく疲れるのである。行くにも座るにも食べるにも、
もうグッタリしていて、僕らは行く前から、始める前から「帰る」ことばかり
考えていた。でもコミケ好きの人にはこんな疲れもタマラナイのだろう。